| 会社概要 | 歴史と経営理念 | 酒銘の由来 |
| 1. | 経営理念 | |
| 家業であれ企業であれ顧客の望むものを造ることができなければ生き残れない。小規模蔵を継続させることへの覚悟は、「酒で出来た家なら酒に返せばよい。」と開き直ったところで定まりました。 | ||
| 製造 | 単に高品質酒というのでなく、家庭でも飲める値段帯でどこまで高品質のものが提供できるかに挑戦してまいります。 大吟醸等も高い評価をいただいておりますが、増産は極力避けます。 但し、純米酒は増産要請に徐々に応えてまいります。 | |
| 営業 | 卸売りルートは原則ご辞退いたします。 地方清酒に理解のある販売店様と直結して、その商圏を調整しながら取り組んでいただきます。 | |
| また和歌山県の酒産地としての地位向上に貢献できることを大きな課題としており、山間傾斜地での酒米の契約栽培にも注力しています。 | ||
| 2. | 当蔵の状況 |
| 平成14年1−12月での出荷石数は約1,500石程度となり、うち95%が特定名称酒で、純米酒と純米吟醸酒が約90%を占めます。また出荷先は60%が県内で、ほとんどが小売店への販売です。なお資料館での販売が100石程度あります。(1石=1.8L瓶100本) バブル崩壊後の現在は、価格志向が強い一方で本物志向の流れも厳然としてあり、お値打ち感ある本物(純米酒)の商品という当社路線が順次ご評価いただけてきたと感じています。また極端な淡麗辛口志向の見直しと各地・各蔵の個性も重視されるようになりつつあるなかで、蔵の風土に合わせた酒づくりを提唱しております。 比較的柔らかい酒質と幅の広がった味わいです。 |
| 3. | 蔵の歴史 |
| 和歌山市の南方約10qに位置する海南市「黒江」は、室町時代から漆器産地として栄えた職人の街です。かつて奥まった入り江で、万葉集に「黒牛潟」として詠まれた風光明媚の地で、蔵の付近には黒い牛の形をした岩が浜辺にあったと云います。その後地震による隆起と埋立により黒牛を地名の由来とする黒江の市街地が形成されます。 1866年(慶応2年)当時繁栄を極めた漆器職人達を顧客として酒造りを始めたのは、名手源兵衛でした。安原村江南(現在の和歌山市東南部の農家集落)の自作農の出で、肥料商(名手屋)に奉公に出て認められ、暖簾分けを受けた由兵衛の三男、源兵衛は一旦蝋燭製造を志すも失敗、傘をさして通れないほどの細い路地裏に逼塞します。本家へ雇い戻してもらい修行の後、今の蔵のやや北方にあった江戸時代を通じて醸造していた酒蔵を本家からの借入金200両で株を買い再起を図ったのが、今度は成功したというのが沿革です。 |
| 明治5年 | 87石 | |
| 明治7年 | 現在の蔵の位置へ移動 | |
| 明治14年 | 543石 清酒造石高姓名簿 | |
| 明治28年 | 1288石 この前後3年間 和歌山市北新5丁目に出蔵を保有 | |
| 大正8年 | 1124石 工場通覧 | |
| 県下唯一のもろみ検査省略指定蔵となる等、戦前から高品質志向があり、吟醸酒用に当時珍しい冷房蔵を建設し冷用酒を販売等しています。 | ||
| 昭和12年 | 1303石 基本石数 | |
| 昭和13年 | 企業整備令で海南酒造有限会社へ合併 | |
| 名手酒造店として分離 | ||
| 昭和57年 | 株式会社へ改組 | |
| 昭和59年 | 酒づくり資料館「温故伝承館」開館 | |
| 昭和63年 平成元年 平成3年 |
全国新酒鑑評会にて金賞受賞 |
| 明治20年代一時的に県下最大の造石をしたこともあるほど販路を拡大する中で塩田、農地等に投資するとともに酒販売、宅地開発、と事業を拡大、特に黒潮海運を設立、南洋に航路を開設します。しかし第二次大戦で全船舶を喪失、農地解放で農地を失ったため酒造業だけが残りました。 混乱を乗り切った後、清酒製造部門の将来性に疑問を持ち規模拡大に消極的であったため、拡大指向のメーカーに大きく差をあけられ、小規模に留まってしまいます。これがかえって品質指向の時代への転換が容易であった原因とも言えます。 昭和57年頃より吟醸酒生産は開始していましたが、昭和63年には課税移出数量移出500石、灘への未納税が1000石、という状態まで縮小生産が続きます。 昭和59年12月「酒づくり資料館 温故伝承館」を旧精米場に開設し、小規模でも高品質で酒造業を継続する方針を固めた以降、徹底的な高品質化路線を取ることとなります。平成2年から純米酒「黒牛」を発売し主力商品とした他、和歌山県の清酒産地としてのイメージ向上のため、地元での酒米契約栽培に取り組む等新たな展開を図っています。 ともすれば保守的イメージが酒造家にはありますが、当蔵の場合、農家出の職人街育ちの沿革や、紀州の風土とも相まって、積極性のある歴史の変遷を辿ってきています。その時代、時代をどう生き抜くのか試行錯誤を続けてきた一方で、酒造業だけは一貫して核心分野であったことはたしかです。 21世紀を迎え3世紀に跨る挑戦は、杜氏制から社員制への転換、高品質かつ地域としての個性を持つ商品の開発、そして一貫してお客様が納得して飲んでくれる酒づくり、を核として継続して行くつもりです。 |
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